2017年11月下旬
エベレストトレッキング 18日目


ネパール・Surke村
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私が向かうは、ソルーという地域のサレリという村。そこからジープで首都カトマンズまで帰るのだ。

サレリ(サッレリ)までは、最低でもあと2日はかかる。


この日は、どこまで進もうか。
最低でも、ジュビンという村まではたどり着きたい。


朝の6時くらいには目覚め、8時くらいに飯を食べ、9時前に出発した。
ちょっと出発が遅くなったのを悔やんだ。



最初はほとんど登りだった。
左右には木々が繁っており、その尾根をずっと歩く。



しばらく歩くと、昨日追い越したヨーロピアンカップルに遭遇した。

彼らの方が朝早く出発していたようだ。


挨拶だけして追い越す。
※彼らとはまた数日会うことになる。


追い付かれたくないので、ペースを上げて石段を登っていく。
追い付かれたくないので、休憩も殆どせずに歩き続ける。



2時間弱歩くと、ようやく、来るときに泊まったパイヤという村に到着!6kmほど歩いたという事か。


しかし、ここで休憩すると折角引き離したカップルに追い付かれると思い、無休憩でまた歩きだし、次の村を目指す。


ドンキーの行列に遭遇。
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こういうときはドンキーが通りすぎるまで待つしかない。
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森のような木々が立ち込め、土の多いエリアに入った。来たときも通ったからよく覚えている。

見晴らしがよくないので、そんなに好きではないエリアだ。じめじめして陰鬱な空気だし。


1、2分の水分補給の休憩だけでひたすら歩く。



もう既に昼の12時を回っていた。

ご飯を食べたいが、いい感じの民家は既に通りすぎており、なかなかお昼を食べられる所がなかった。
ミスったわ。



またしばらく歩く。
どうやらここが頂点だ。
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こっからは下りがメインになる。
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そのあと、腹ペコになりながら下ると、数件の民家が出てきた!
ブスパ村だ。


来たときにもお昼を食べた民家があったが、中を覗くと誰も人がいなかった。畑にでもでているのだろう。


そのため、また、少し下ってから、庭にパラソルとテーブルのある小さい民家を見つけた。ここでご飯を食べよう。
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ごめんくだーさい!と中のお母さんに挨拶し、お昼ご飯を作って貰う。


一応、メニューを見たが、頼むものは即決だった。
なぜなら、彼らが作るのに慣れていないフライドライス等を頼もうものなら時間がかかるのは学習済みだからだ。



私は食べたらすぐに出発したいのだ。



そこで私はチャパティ2枚と、オムレツ(卵焼き)と、チャイ(ミルクティー)を頼んだ。

チャパテイというのは、インドやネパール、パキスタン、バングラデシュあたりではどこの家でもある薄く小麦を伸ばして焼いたナンのようなものだ。

これなら、速攻で出てくる。

全部で200円くらいだ。


卵焼きで塩分とタンパク質、チャパティで炭水化物、チャイで糖分を摂取。
余ったチャパテイは、チャイに浸けて食べた。


そのあと、お母さんに沸騰したお湯を50円くらいで水筒に入れてもらい、飲み水を確保。



滞在時間40分程でまた歩き始めた。



回りは畑など、農家が増えてきて、大分気温の暖かいエリアに入ってきた。



長閑だ。
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そっから2時間ほど歩き、いよいよ疲れてきて足が棒になった頃に、前方に日本人と思われる2人が止まって話してるのが見えた。



おおお。久しぶりの日本人登山客。


しかもこのルートを通るという超少数派のやるトレッキングをしている気概のある日本人がいるとはびっくりだ。


登ってる時は、団体の日本人旅行者しか殆ど会わなかったのに、ここに来て2人も。


どうやら2人は、今会ったらしい。

1人は30代くらいので、見るからにヒッピーっぽいマリファナ大好きな若者。

もう1人は、白髪の65歳のおじさんだった。

若者は私より幾ばくか年上な印象。
彼は登っている最中らしい。



え…。マジか。

もう12月になるのに今から上に行くということは、着く頃には12月10日くらいになり、かなり寒いし雪もふるし、ロッジも閉まるとこ多いし、あまり登る人がいない時期になる。


でも行き当たりばったりな旅がいいらしく、特に急いでもいないので、毎日ゆったりとマリファナでも吸いながら気持ちよく登るのが快感らしい。



なるほど。頑張ってくれ。



おじさんは、私と同じくサレリ村まで行く下山者だったので、ここからは一緒に歩くことにした。


↓でかい荷物を担いで歩くおじさん。
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歩きながら色んな話をしてくれたが、このおじさん、何とも機知に富んでいる。


勉強になることばかり。
特にネパールの文化や、カースト制度、自然などについて詳しく情報を得ることができた。


おじさんは、ネパールには10回以上来ており、ここ数年はほぼ毎年来ているらしい。
因みに最初に来たのは38年前だとか言っていたから驚きだ。ベテランだ。



このおじさん、何が凄いってここ最近はネパールに来る度にエベレストトレッキングをしている事。
さらに、このおじさんも私のように荷物を一人で全部担いでいる事。



さらに言うと、ここで会っているという事からも分かるが、私と同じように飛行機を使わずに歩いてサレリ村まで行きジープで帰るという事をやっている。



いや、これが私のような若者であれば分かるんだけど、65歳がそんな事やっているというのが凄い。しかも見た感じは別に頑丈そうではない。



おじさんと歩いているとき、1度だけ小川で休憩をした。
その際、おじさんは、ネパールで買ったという通話だけが使える携帯電話で日本にいる奥さんに電話をかけていた。


おじさんは心臓にペースメーカーが入っているらしく、奥さんへの安否を知らせる為の電話は毎日の日課らしい。


3000円で買ったという携帯電話で僅か10秒くらいの通話をしていた。

もしもし?、うん、うん。はい。大丈夫。はい。それじゃね。
という短い会話。


短いですね、と言うと、

「これでいいんですよ。安否だけ知らせればいいだけだから」


と穏やかに言って、また歩き出した。


そこからは1時間弱歩き、なんとかジュビンの村に到着!


超ーーー疲れた。何だかんだ、この日も昨日に続き17kmを歩いたのだ。12kg以上を担ぎながら。


おじさんは今日はパイヤ村から出発してきたらしいので、私より6kmほど短い事になる。それでも年齢を考えるとかなり凄い。



泊まるロッジは私が行きにも泊まったところを選んだ。ここに来たかったのだ。


お母さんも娘も、私の事を覚えていてくれた。



部屋に荷物を置き、夕食を食べることに。

2週間前に来たときは、標高のせいで食欲がなく、100円のヌードルしか食べなかったが、今は順応できており食欲もあるのでヤクの肉で作った400円くらいのモモをオーダー。



肉をこねるところから始まったので1時間はかかったが、出てきたモモは絶品だった。弾力のあるヤクの肉がぎっしりと詰まっている。

今まで食べた中で圧倒的に一番うまい。時期的に寒くなければもう一泊したいくらいだ。

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しかもここの女の子、なぜか簡単な日本語を喋れる。2週間前はそんな事一言も言ってなかったのに。どうやら恥ずかしかったらしい。



おじさんはここでも色々とネパールについて教えてくれた。
おじさんは何か白いお酒をオーダーしていて、私にも分けてくれた。

甘酒のアルコール濃度が濃くなったようなお酒で、メニューにないが、どこの山小屋でも言えば100円程度で1リッターくらい飲めるらしい。


なに。。。知らんかった。
もっと早く知っていればユウキ君と飲めたのに...。


ロッジにはこれから登る登山客もおり、そのガイド兼ポーターもおり、
俺はポーターなしでベースキャンプとカラパタール、ゴーキョまで行ったと伝えると、とても驚いて「君は強者だな」と言ってくれたので、それだけで満足した。



ここは最高のロッジだ。飯もうまくて人も良い。

2週間前とは異なり、1人の若い娘さんがお手伝いとして働いていた。
恐らく親戚かなにかだろう。


まだ、来たばかりだからか、背筋を正して緊張感のある感じで料理の作り方など、教えを請うている。


意外だった。ネパールのこういった田舎でもそういった緊張感が存在するのか。




そしておじさんは、カトマンズでの美味しい料理を教えてくれた。


流石に何度も来てる人だ。


普通だったら、どこどこのレストランが美味しいよと教えてくれるでしょう。

でもこのおじさんは、違った。

カトマンズのタメル地区にある夜にだやっている露店を教えてくれたのだ!



そーいうの!
そーいうの知りたかった!!


タメル地区の、誇り舞う暗い道路沿いにあるらしく、牛モツの炒めだ!

おおお!ネパールで牛もつが食えるとは!

しかも50円!

露店だから、カーストの中でもかなり低い層の人達が作り、食べるのも勿論そういったカーストの低い人達だと思う。

しかし旅行者にはそんなの関係ない!
おじさんは、絶品だと教えてくれた。

カトマンズに帰ったら絶対に行こう!
そのブログは後程書く!



そして、おじさんがもう一つ、重要な情報をくれた!!!

明日は、私は予定では一気にサレリ村まで帰る(希望)予定なのだが、距離的にはかなりキツイ。

しかし、ここから1100メートル上がったタクシンドゥという集落があり、なんとそこからヒッチハイクでサレリ迄帰れるらしい!!


これはでかい。
確かに、来るときはでかい重機みたいなトラックみたいなのが、山道をガタガタいいながら登っていたのを見た。あれに乗って帰るのか。


それは14時くらいに仕事を終えて帰るトラックらしく、それに乗るには14時には上に着いていないといけないらしい!!


よし!がんばる!


早く出て何とかタクシンドゥまで1100メートルを登ろう!!

あーつらっ、明日は一旦下ってから、1100メートルも山道を登らないといけない。東京タワー4個分近いな。



おじさんとの話の中で少し気になる話が会った。

おじさんは、標高5400メートルのゴラクシェプで日本人の一人で来た65歳のお爺さんと会ったと言っていた。



特徴を聞くと、どうやら私が連日会っていたお爺さんの事だ。
やった!あのおじいさんもちゃんと一番上まで行けたんだ!安心した。

連日会ったとき、少し苦しそうに歩いていたから気になっていたのだ。でも最後まで行けたようで安心した。
※後日、このお爺さんが高山病で亡くなった事を知る事になる。


22時くらいに、居間をでて就寝の準備に入った。

おじさんは、ゆっくりとあと2日かけてサレリ村まで行くらしく、明日は構わないで勝手に1人で行ってくれとのことで、今夜でお別れになるだろう。



興味深いお話を一杯ありがとうございました。

お元気で。

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